第37回受賞者インタビュー 一般建築の部
一般建築の部 大賞「福岡大名ガーデンシティ」
撮影:濱邊信晴
第37回福岡県美しいまちづくり建築賞において、「一般建築の部」で大賞に輝いた「福岡大名ガーデンシティ」。設計を担当した株式会社久米設計の柳下元宏さんと、株式会社醇建築まちづくり研究所の牧敦司さんに話を聞きました。
あらゆる人が集い交流できる都心のシンボル
株式会社醇建築まちづくり研究所 牧敦司さん(左)、株式会社久米設計 柳下元宏さん(右)
行政と民間が一体となり、多彩な機能を持つ新しいまちが誕生
― 一般建築の部で大賞を受賞された感想から聞かせてください。
柳下:このプロジェクトはまちなかの大規模開発です。大名という地域に根差した「文化や居場所」を継承しつつ、「ザ・リッツ・カールトン福岡」をはじめとした新しい要素をうまく一体化して融合させたことで、まちづくりの視点から評価いただいたと受け止めています。これは設計だけでなく、行政と民間が一体となったプログラムの魅力によるところが大きく、関係された多くの方々の思いを形にできて、うれしく思っています。
牧:「まちづくり」というキーワードが盛り込まれた貴重な賞をいただいたことに大変感動し、感謝しています。「福岡大名ガーデンシティ」には、多くの用途が盛り込まれています。ホテルやオフィス、飲食店、創業支援施設、クリニック、保育施設、公民館、消防分団車庫、警察官連絡所、公園など、実に多彩な機能を持っており、そういう意味ではまさに「まちづくり建築」と言えるのかもしれません。
撮影:濱邊信晴
―改めて、このプロジェクトの全体像とお二人の役割を教えてください。
牧:「福岡大名ガーデンシティ」は、福岡市の都心部に位置する大規模な複合商業施設です。旧大名小学校のグラウンド跡地などを活用した事業で、福岡市の公共用地の跡地ですから、公募型プロポーザル方式となり2018年に積水ハウスを代表とする企業グループが選定されました。
設計は、柳下さんがお勤めの久米設計さんと、私が代表を務める醇建築まちづくり研究所が担当しました。分担としては、久米設計さんがホテルやオフィス、商業施設などを積層した「タワー棟」を、私が創業支援施設や公民館などが入った「テラス棟」や広場と「ステージ棟」、回遊装置としての渡り廊下、そして滝や水盤、ベンチを含む外構部分を担当しました。
柳下:事業プロポーザルの提案づくりから牧さんと一緒に参加させていただき、建物の概要や在り方を議論するところから入ることができて、すごくやりがいのあるプロジェクトでした。
左より施主の積水ハウス株式会社 近藤さん、設計者の株式会社久米設計の柳下さん、株式会社醇建築まちづくり研究所の牧さん、施工者の清水建設株式会社 龍福さん
3000㎡の広さを誇る緑豊かな広場で、寝転んでくつろぐ姿も
―設計の趣旨や、特にこだわったところや難しかったところを教えてください。
牧:「福岡大名ガーデンシティ」は、施設の真ん中に3000㎡もの面積の広場を設けて、200mのトラックレーンが入るようにしているのが大きな特徴です。小学校の跡地なので「地域の方々が運動会や夏祭り、餅つきなどの地域行事で利用できて、かつ一般の方々にも広く使ってもらえるように」というプロジェクトの公募要件があり、どのような形にしたらいいか、かなり考え抜きました。結果として、今では地域の方が愛着を持っておられたかつての恒例行事に使われるのはもちろん、平日休日を問わず多くの方々が訪れ、食事をしたりおしゃべりしたり、ときには寝転んでくつろぐなど、思い思いのスタイルで利用される姿が見受けられます。日頃からあのように使ってもらえることに正直驚き、すごくうれしく思っています。
柳下:そうですね、本当に多くの人に気軽にご利用いただいていますね。
撮影:濱邊信晴
牧:もう一つ挙げるなら、このまちなかに新たに豊かな緑の空間を提供するための仕掛けに力を入れました。特に、通り抜けルートに面した西側の緑地にはエピソードがあります。隣に西鉄グランドホテルがあります、以前の小学校の建物を解体したときに、学校側の樹木を切ったら、すごく寂しい印象になりました。それで西鉄さんとよく協議して、お互いに緑を補い合うような形にしたところ、竣工当初からボリュームのある緑の空間を演出できたと思います。また、東側の「テラス棟」の中間階の壁面の緑は、竣工1年前から蔓性植物を植えて準備し、完成時から青々とした緑の壁としました。
撮影:エスエス九州
天神のシンボルとなるビルには日本初の構法を採用
―建物に関してはいかがでしょうか。
柳下:今、天神地区では更新期を迎えたビルを耐震性の高い先進的なビルに建て替える「天神ビッグバン」プロジェクトが進行しています。福岡市からは、市の土地である小学校跡地のこの建物を、「新しく変わっていく天神のシンボルにしたい」という要望があり、建物をシンプルかつ印象的な形にするためには、デザインと技術の両面から難しさもありました。
「タワー棟」は貫通通路を軸として2つに分節し、広場につながるようにスリット状の開口部を作り、さらに建物を前後にスライドすることで、人の流れを広場の中へ導くようにしています。また、断面は上階に向かって傾斜させることで、オフィス部分とホテル部分の奥行きを最適化するとともに、まちに対する圧迫感を軽減しました。外装には、超高層建築としては日本で初めて水平部をシーリングでおさえるSSG構法を採用し、ガラスに反射する景色を美しく見せるように工夫しています。多くの用途が混在する建物を、ガラスで覆われた1つの塊として表現することで、成長する福岡の都市のアイコンになるような象徴性と躍動感を持たせました。
牧:天神地区には、ほかにもガラスカーテンウォールの高層ビルができていますが、多分、福岡大名ガーデンシティが一番「ガラス感が強い」と思います。ガラス建具のフレームを可能な限り細くし、まわりの空や緑をきれいに映すことができているのは、高い技術力があってこそ実現できました。
柳下:構造体の話としては、広場の下が駐車場になっていて、実は大きな屋上緑化であるというのも特徴です。地面の上を芝生にするならいろいろなやり方がありますが、屋上緑化で人工芝の広場を形成していくためには、構造的な工夫が必要でした。雨が降ったときの排水ルートなど、細かいところまで気を配って作っています。
撮影:濱邊信晴
ホテルの車寄せの外装と、タワー棟からの眺めを楽しんで
― 一般の人に向けて、見どころを教えてください。
牧:大きく3つあります。まずは、まちなかで自由に入れる広場なので、ぜひ多くの人に気軽に中に入ってお過ごしいただければと思います。次に、大名地域の方が開催されているイベントに来られるのもおすすめです。毎年開催されているスポーツ大会は白熱して面白いし、夏祭りや餅つきにも参加できます。
そして最後に、実はあまり知られていないのが、タワー棟のザ・リッツ・カールトン福岡の一部の共用空間が利用できるということです。18階にはホテルのフロントやロビーと一緒に、レストラン、カフェ、空中庭園もあって、自由に入ることができます。福岡のまちと博多湾まで見渡せる絶景が楽しめます。
柳下:リッツ・カールトンの1階の車寄せのところは、「博多べい」をモチーフにした外装で、複雑な形の中で細かい部分にこだわっています。「博多べい」は、戦国時代に焼け野原になった博多で、豊臣秀吉の太閤町割りによってまちを再興するときに作った、焼けた瓦や石を入れた土べいのことです。博多らしさを象徴するものとして取り入れましたので、ご覧いただけるとうれしいです。
福岡ならではのチャレンジ精神で建築やまちを創っていく
―福岡県の建築について感じていることや、今後やっていきたいことを教えてください。
牧:福岡県には天神や博多、小倉をはじめとした都市部がありつつ、八女や柳川など郊外に足を延ばすと豊かな水と緑を感じることができます。そういう都市と自然が共存できることが、福岡県の特徴であり魅力だと思います。今回のプロジェクトは、まさに都心でありながら水と緑に囲まれた広場を創ることができました。私たちがこのプロジェクトで目指したのは、美しい都市景観を創ることはもとより、この地を訪れる方や利用する方にとって居心地がよく、長く大切にされる建築と空間です。この受賞を励みに、さらに魅力ある建築とまちづくりに努めていきたいと思います。
柳下:福岡はもともと港町で、いろいろな文化が混ざり合い、チャレンジ精神旺盛なマインドが根付いていると思います。今回の計画では、東京ではできない技術やプログラムにチャレンジしていて、福岡だからこそ実現できたと感じています。このプロジェクトに限らず、福岡の建物はオンリーワンで建てているケースが多く、それを受け入れる土壌があります。これからもチャレンジするマインドを持ち続けながら、福岡の建築やまちが作られていくといいなと思います。
久米設計・ 醇建築設計共同企業体
・株式会社久米設計九州支社
〒810-0001
福岡市中央区天神1丁目2番12号 メット ライフ天神ビル TEL. 092-781-5211
・株式会社醇建築まちづく り 研究所
〒810-0004 福岡市中央区渡辺通2丁目8番12号 TEL. 092-737-3950