第37回受賞者インタビュー 住宅の部
住宅の部 大賞「道山さんの家/三角敷地の道と屋根」
撮影:西久保毅人
第37回福岡県美しいまちづくり建築賞において、「住宅の部」で大賞を受賞した「道山さんの家/三角敷地の道と屋根」。設計を担当した一級建築士事務所 ニコ設計室の西久保毅人さんに話を聞きました。
まちとつながり愛される、居心地のいい住宅
住宅がまちの種になり、まわりの人までハッピーに
―住宅の部で大賞を受賞された率直な感想から聞かせてください。
僕は佐賀県の田舎で生まれ育ち、子どもの頃から歩いて楽しい商店街や住宅街、まちが大好きでした。東京で独立して24年、住宅設計をメインにしていますが、「どんな建築でも建築の半分はまちのもの」という思いが根底にあります。そのため、住宅を設計するときも、カッコいい一つの作品を作るというより、どうしたら楽しいまちになるだろうと考え、自分の手掛けた住宅がまちの種になり、まわりの人たちまでハッピーにできるような建築を目指しています。そういう意味で、建築単体ではなく「美しいまちづくり建築賞」という分野で選んでいただいたことをとてもありがたく思っています。
―まさに西久保さんの建築にピッタリの賞ですね。
ありがとうございます。加えて、この賞では僕ら設計者とともに、施工を担当いただいた久木原工務店さん、そして建築主の道山さんの3者を表彰いただいたのが何よりうれしいです。僕らはいつも「施主力8割、設計力2割のニコ設計室です」と言っています。いいまちづくりや素敵な風景は、作り手だけの力ではなくて、ご依頼いただく施主の皆さまのお気持ちがあって初めて実現するものだからです。
左から西久保さん、建築主の道山さん御一家、施工者の株式会社久木原工務店 久木原さん
屋根並みによって暮らしを包みつつ、地域とつながる
―そもそも道山さんの家を手掛けることになった経緯を教えてください。
2019年に道山さんからメールでご連絡いただいたのが始まりです。その年に家づくりに関する僕の考え方や実例などをまとめた本「家づくりのつぼノート」(エクスナレッジ)を出版していて、その本やニコ設計室の家が表紙になった雑誌をご覧になったそうです。僕の事務所は東京にあり、ちょうど完成した建築の内覧会をお知らせしたところ、道山さんご家族が福岡から内覧会と打ち合わせに来てくれて、正式にご依頼いただきました。
東京と福岡では距離があり、さらに直後にコロナ禍に入ってしまって、なかなか直接行き来できない中で設計と工事を進めました。しかし、しっかり意思疎通を図り、不安を感じることもなく家づくりをすることができました。
―道山さんの家は「三角敷地の道と屋根」というタイトルが印象的です。設計趣旨を教えてください。
道山さんの家はほぼ三角形の敷地で、しかも北側は中層マンションが並ぶ幅員30mの大通り、西側は幅員4mの住宅街で、敷地の3分の2が道に接しているという非常に特殊なロケーションです。それが一番難しいポイントでした。プライバシーを守るため、建て替え前は敷地を白い塀が取り囲んでいる状況でした。
道山さんは建て替えにあたり、地域とつながりを感じられて、人が気軽に集まるような居心地のいい家を望まれていました。また、将来に向けて貸し店舗を併設したい、隣接する保育園の送迎用に無償で使ってもらえる駐車スペースを作りたいというご希望もありました。僕らは道山さんの思いを地域社会やまちにつないでいく思いで家を作り上げました。
撮影:大森今日子
―特にこだわったのはどんなところでしょうか。
プライバシーを守りにくい敷地で、どうすれば道山さんの希望を叶えられるかをよくよく考えた結果、壁で何かを作るより、屋根を生かそうという考えにたどり着きました。一つの住宅なのに、大小の屋根がわかれているような全体像をイメージしました。というのも、あのように目立つ場所に一枚屋根の家を建てると、あそこがリビングでここが子ども部屋かなと外から推測されやすくなってしまいます。屋根が複数にわたっていることで、中のつくりを想像されにくいように暮らしを包み、安心して過ごしていただきたいと考えました。
―プライバシーを守るのと同時に、屋根がまちの風景を楽しくしていますね。
家並みという言い方がありますが、屋根が重なり合った屋根並みのような風景を作りたいと思いました。屋根の高さもいろいろあって、例えば大通り沿いは手を伸ばせば届くような高さで親しみやすい建物を演出しました。
また、建物自体は道に対して少し角度をつけて斜めに建てていて、視線が抜けるようにしています。中にいて、安心して窓を開けられるようにデザインしました。
道山さんにとって、家もまちも愛おしくなるように
―貸し店舗と駐車スペースはどのように計画されましたか。
貸し店舗は、もっとも視線を受ける角のところに作りました。今のところまだ空いていて、イベントスペースとして近所の方がワークショップを開いたりしています。ここに他者が入ってくることでにぎわいが生まれて、まちなみが豊かになっていくのが楽しみです。
保育園側に設けた駐車スペースは、車が停まっていないときは大きな軒下の空間となり、子どもたちが安心して遊べるスペースになっています。
撮影:大森今日子
―まさに家とまちがつながっている感じがします。
この住宅は、まちに愛されるような風景を目指したのと同時に、道山さんの暮らしがまちに根付き、お子さんたちにとって忘れられない記憶が刻まれ、道山さんにとって家もまちももっと愛おしくなることが大事だと思いながら設計しました。
道山さんの家が完成して3年目になり、今は家のまわりをお花などの植栽が彩っています。これは家が完成したときにはなくて、道山さんが入居後にご自分で買ってきて、少しずつ植えてきたそうです。家とまちをもっと素敵にしたい、まちの人を楽しませたいという道山さんの思いが伝わって、今回の美しいまちづくり建築賞の大賞という光栄な賞につながったのではないかと感じています。
―大賞のお知らせを道山さんと一緒に喜ばれたことでしょう。
もちろんです。この賞の選考にあたっては、一次の書類審査を通過すると、次に現地審査として選考委員の方々が現地を見学に来られます。自分が住んでいる家に知らない方々が来て審査されることを嫌がる方もいると思うのですが、道山さんは「県大会を勝ち抜くつもりで頑張りましょう!」と一緒に楽しんでくださって、心強くうれしかったです。受賞が決まると、福岡県のホームページに住宅部門大賞のご自分の家と、一般部門大賞の福岡大名ガ-デンシティの写真が並んで載っていることに驚き喜ばれていました。
撮影:大森今日子
小さな建築から、活気やにぎやかさが広がっていく
―今後はどんなことをやっていきたいですか。
まちというのは、小さな建築の集合体です。僕が大学生のときの恩師は、素晴らしい小さな建築を点のようにまちに埋め込むことで、そのまわりに活気やにぎやかさが波紋のように伝わり、「自分もここで何かしてみよう」「うちも面白いことをしたい」という思いがまちに広がっていくと教えてくれました。区画整理で大規模開発をするのではなく、小さな建築によって、大きなまちさえも生まれ変わるという考え方がすごく素敵だなと思っています。
僕たちが設計するものは小さな点でしかないけれど、その点が波紋のように広がって、まちや人をハッピーにしていくきっかけになったらいいなとイメージしながら設計しています。小さな建築はまちを変える力を持っている反面、まちを殺してしまう可能性もある。建築という行為は医学や生物学と同じ側面があるとしっかり自覚しつつ、これからもまちをハッピーにする建築を生み出していきたいです。
―福岡県の建築について感じていることを教えてください。
僕は高校まで佐賀に住んでいたので、福岡は憧れの大都会でした。歩いて楽しいにぎやかなまちという印象を持っていますが、最近は車社会でロードサイドに大きな店が建ち並び、路面店よりそちらに流れていくことが残念です。やはり福岡のまちの魅力は、歩いて楽しめるコンパクトシティーであることだと思いますので、そこを小さな建築やまちの魅力で維持してもらえるといいなと思います。
これから日本中が超高齢社会になっていく中で、車で遠くまで出掛けられない高齢者が住宅街に増えていくことでしょう。すると、道山さんの家のように住宅街に小さな店があったほうが、高齢者にとっては便利で、大人も子どもも楽しく、大人の見守る目があることで子どもが外で遊べるようになります。これからは商業地と住宅地を明確に分離するのではなく、混ぜるまちづくりになった方が時代に合っているのではないかと思います。
僕は普段、東京近郊の案件が多くて、福岡で住宅を手掛けたのは道山さんの家が2件目です。道山さんご家族は、いつも笑顔で暮らしを楽しまれていて、設計者としてすごくうれしく思っています。この素晴らしい賞をいただいた道山さんの家が一つの事例となり、福岡のまちにどんどんハッピーが広がっていくことを願っています。
一級建築士事務所 ニコ 設計室 西久保毅人
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